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Aumi Guerra インタビュー

February 22, 2014

 

QubicaAMFワールドカップ、プロ・アマ問わず世界の強豪が国を代表して出場するトップボウラーの登竜門。日本は2001年に板倉奈智美選手が優勝して以来、決勝には進出できていない。

 

その大会で近年目覚ましい成功を収めている女性がいる。それがドミニカ共和国のAumi Guerraだ。2006年に初めてワールドカップに出場、その4年後2010年に栄冠を手にする。しかし彼女の強さはそれだけではない。2011年大会でなんと2連覇を達成した。女性でワールドカップの連覇を達成したのは彼女を含めたった2名、1982年に優勝したオーストラリアのJanette Baker以来の偉業だ。

 

その後も、2012年・2013年と優勝こそ逃したものの、確実に決勝に残ってきた。4年連続でワールドカップの決勝に上がるボウラーとは一体どんな人物なのか?と気になったので、いきなりメールインタビューを申し出たところ、快くOKしていただけたので下記に紹介したいと思う。

 

 

1. いつ頃から真剣にボウリングを投げ始めましたか?
 

最初のコーチは誰でしたか?

 

初めて私の国にちゃんとしたボウリング場ができたのは1996年でした。実にその年が初めてボウリングボールを投げた年です。70年代前半からボウリング場らしきものが少しだけありましたが、ドミニカ共和国にきちんとしたセンターが登場したのは1996年でした。

 

私の最初のコーチはアメリカのドリラー、デイブ・キャプランさんでした。
彼は私に基礎を教えてくれ、根気よく長時間にわたってレーンで私を指導してくれました。いくつかの世界大会で国の代表に選ばれるようになり、少しずつ結果が出てくるようになりました。
 

1999年ごろにはボウリングが私の進むべき道だと確信しました。もっと上手くなりたい!と思うようになったのです。
信じてもらえるか分かりませんが、当時の私は目指しているものからとても遠いところに居ました。しかし、才能で劣っている部分は持ち前の頑固さとモチベーションでカバーしました。

 

2. あなたのボウリングに一番影響を与えたのは誰ですか?

 

1999年に私のホームタウン(サント・ドミンゴ)で行われたゾーンチャンピオンシップで、現在のコーチであるクレッグ・ウッドハウスに出会いました。彼は当時カナダのヘッドコーチをしていました。

 

クレッグが本当のボウリングを私に教えてくれた人で、私のボウリングはほぼ彼の教えてによるものです。

私たちは1つのチームであり、15年一緒にやってきたので私たちのコミュニケーションはとても良い状態にあります。私のボウリング人生でもっとも影響を与えた人であり、今現在でもボウリングにおいて1番のモチベーションの源です。

 

3.現在のコーチとその方の経歴を教えていただけますか?

 

80年代、クレッグ自身とても優秀なボウラーでした。何年もカナダの代表として活躍し、その後はカナダのヘッドコーチになりました。
彼がカナダの「LEVELS」を策定しました。「LEVELS」とはカナダ版のUSBCブロンズ・シルバー・ゴールドコーチにあたるものです。
2000年からはドミニカ共和国のコーチに就任し、以降100個以上の世界大会メダルをもたらしました。今現在もナショナルチームのコーチとして指導にあたっています。

 

2012年からグレッグと私は、ヘッドコーチとアシスタントコーチとしてコスタリカのナショナルチームを指導しています。

 

4.いつもはどのような練習をしていますか?

 

長年、私は「練習マニア」でした。1日3~4時間も激しい練習をすることが普通で、週6日も練習していました。

 

最近では、より広く物事が見れるようになり、視野が広くなったせいか私のフォームも昔ほど不格好ではなくなってきましたし、歳も重ねたので1日の終りには以前より体も痛みを感じるようになってきたので現在では練習時間は週4~5日、1日1~2時間ほどにしています。

 

練習するときは、必ず何か1つのことに集中しています…何かフォームで修正したい点であったり、特定のオイルパターンで投げた場合のボールリアクションであったり、もしくは特定の環境下で自分自身がどうなるのかを学んでみたり…とにかく何か必ず目的があります!

個人的に、私は何か集中することが必要なのですが、時には投げては考え、考えては投げての繰り返しになることもあります。

 

5. ボウラーにおすすめの本はありますか?

 

ダン・ミルマンの「Peaceful Warrior」とマーク・ベイカーの「The Game Changer」です。

 

自分のボウリングのためになると思えば、どんな本でも良いと思います。私は読書が大好きなので、常に何か読むものを探しています。最近では、スポーツにおける心理学についても興味があって、それがボウリングにどうやって役立つかについても考えています。

 

6. 大きな大会にはどのように準備しますか?

 

大きい大会の3~4週間前から、「練習マニア」になります。

公式練習の少なくとも10日前には、フィジカル面で起きている問題を調整します。

トーナメント前の10日間は、可能であればオイルパターンでボールをテストし、フィジカル/メンタルにおける自分の欠点などをコーチと相談しながら解決します。

 

あとは、とにかくターゲットに当てるよう練習します。私は大きな大会前は必ずといっていいほどちょっとしたパニックになるので、100%自信を持って挑んだことはありません。

 

私は生まれつき才能のある選手では無く、すべては長年の練習で培ったものなのです。

調子の良いときも悪いときもあったので、こんなに長くやってきた今でさえ、大会の途中でタイミングやリリースがズレるのではないかと不安になったりします。それでも、ひとたび「練習モード」から「試合モード」に切り替わると、自信をもって試合に挑むことができます。

 

7. Aumiさんのようにトップレベルで戦うために、ボウラーがやった方が良いと思うことはありますか?

 

目標を設定すること。行き先を設定しなければ、どちらの方向に行ったらいいか分かりません。

目標を紙に書いて、実行しましょう。

短期目標と長期目標をそれぞれ決めます。目標を設定したら、5~10年間でエリートレベルに到達するための具体的なプランを計画することができます。これは1つのプロセスです。生まれつき恵まれているボウラーは、短い期間で目標を達成することができますが、凡人の私たちは自分のスポーツ、良いコーチ、高いレベルの大会、その他諸々のことに5~10年かけて自分を専念させるという極めて厳しいプロセスです。

 

8. 尊敬するボウラーはいますか?もしくは対戦したい相手はいますか?

 

ボウラーが大好きです。基本的にどんなレベルでもボウラーのファンなので、

チームメイトや対戦相手のことも好きです。80年代はよくテレビでボウリングを見てましたが、

当時はキャロリン・ドリン・バラードが頻繁に登場していました。

私は当時彼女に憧れていました。2010年のQubicaAMFワールドカップ(ツーロン・フランス)で彼女と対戦したときは、

 

伝説のボウラーとの対戦を一瞬一瞬楽しみました。

 

9.日本はエリートレベルのボウラー育成に悪戦苦闘しています。

 

Aumiさんの国ではどのようにエリートボウラーを育成していますか?

(例: 海外のコーチを招へい、ボウリング学校設立など…)

 

エリートレベルのボウラー育成には、エリートレベルのコーチが必要です。

ボウリングスクールを設立すればボウリングに注目が集まり若い才能が集まってくることは間違いありませんが、技術的な知識のあるエリートコーチの存在なくしてそれらプログラムの開発と成長には限りがあるでしょう。プログラムを設立した後、若い選手がエリートボウラーへと育つためには技術的コーチの育成が不可欠でしょう。

 

10. トップボウラーとして、強い決意と類まれな才能を持つ他に必要なものは何だと思いますか?

(例:コーチ、環境…)

 

私がある程度成功したのは、私がいろんな意味でラッキーだったことです。

私がボウリングを始めた時期は、ちょうどこの国でボウリングが始まったばかりの頃で、ボウラー人生の序盤からボウリングプログラムの開発に資金が提供されていました。

 

世界レベルに到達するまでの10年のうち、8年間はレベルの高いフルタイムのコーチが私についてくれました。私の家族も私のボウラーとしての活動をずっと支えてくれました。私は生まれつき頑固で執着心が強いので、1度決めたら絶対に譲りません。

 

たくさんのことが自分に有利に動いたこともありますが、一番大切なのは自分が決してボウリングを諦めなかったことです。

最高を目指すという信念を曲げることはスポーツそのものを諦めることと同じなので、私は絶対にそんなことはしたくありません。

 

11.印象に残っている試合や対戦相手はいますか?

 

2010年10月フランス・ツーロンで行われたQubica AMF ワールドカップの決勝で、韓国のケ・ミン・ヤンと対戦したときです。

 

それは第2ゲームでした。

 

2ゲーム選手という試合フォーマットで、第1ゲームを獲った私は1-0で優勢でした。

第9フレーム、チャンスの時、投げたボールが7-10スプリットになりました。ケはそれまでスペアをミスしていなかったし、スプリットも出ていませんでした。正直もうおしまいだと思いました。

 

しかし、ケはスプリットを残して、しかもそれをミスしたので、私が第10フレームでダブルを取って3投目を投げれれば勝つチャンスが出てきたのです。

 

これまでで一番大変なダブルでした…

このゲームの様子は http://www.youtube.com/watch?v=ObTHmE3ivBU で見ることができます。

 

12.最後に、日本について何か話していただけますか?

 

2001年に日本で行われたワールドゲームズに出場した際、日本での時間をとても楽しみました。

私はまだ幼かったし、試合の結果もよくありませんでしたが、その小さな旅行はとても良い思い出として残っています。

人との交流を楽しむことができたし、

日本の文化もとても興味深いものでした。日本のグルメを楽しめる年齢では無かったのですが、それでも

秋田郊外の小さな町でとても素敵な時間を過ごしました。

 

実は、YouTubeに投稿されているJPBAの動画を好んで観ています。ボウリングという視点だけでなく、エンターテイメントとしても楽しめる番組になっていると思います。

 

 

サント・ドミンゴより、 私のインタビューを読んでくれたみなさんへ :)

Aumi

 

<Aumi Guerraのサイト>

YouTube

http://www.youtube.com/user/AumiG

ツイッター

https://twitter.com/AumiGuerra

Instagram 

http://instagram.com/aumig

ウェブ

http://analogbowling.com/analogbowling.com/Home.html

 

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